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2019/12/11 (Wed)
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泣ける話

2010/05/31 (Mon)

小学生の頃

いじめられていた

石を投げられる

殴られる……

転校する時、担任が一言

「君にはお別れ会なんて

必要ないよね?」

中学生の頃

周りは小学校と同じメンバー

暴力が続くと思いきや

とことん無視される

休み時間は寝たフリ

給食は席をくっつけるが

誰も話に入れてくれない

入れない……

やることがないので

勉強を一生懸命やる

人の十倍はやっただろう

そして学年で20番の

成績をとれた

あれだけ勉強して20番……

高校生の頃

普段は酒を飲まず

とても優しかった母親が

珍しく酔っていた

抱き上げた俺に向かって

泣きながら言った

「ごめんね……

産んでごめんね……」

 

どんな言葉よりも辛かった

そんな俺にも初めての

友人ができた

高校2年の始業式

前の席だった奴が

話しかけてくれた

うれしかった

そいつはとても面白くて

いつもクラスの中心にいた

それでも俺と話してくれた

ほんとにうれしかった

あるとき、トイレで

用を足している(大)と

外で話し声が……

男1:「おまえさぁ、
あいつと仲良いよな、〇〇。
なんでよ?」

男2:「そうそう、お前と
性格合いそうにないのにな」

そして、友人の声

「いや、一応席近いしさ
話しかけないとまずいと
思ったのよ。ほら、
俺ってクラスの人気者じゃん
誰にでも優しくしとかないと
ま、それでも友達には
なれないけどね」

━━━……
トイレから出れなかった

父親に悩みを

打ち明けたことがあった

俺は何で生きてるんだろ?

何の為に生きてるんだろ?

……もう死にたいよ

父親は俺にそっくりな

無愛想な顔をして

「……生きてれば

良いことがあるかもしれない

少なくとも俺は

お前の母親と出会えて

お前という息子を授かって

幸せだ……

ま、あいつ不細工だけどな」

そんな父親が過労死で死んだ

会社は一切認めてくれなかった

葬式にきた数人の同僚

部下、上司は笑っていた

彼らにとっては、どうでも

いいことだったんだろう

涙は出なかった

怒りも沸かなかった

ただ呆然としていた

母親も俺と同じ顔を

していたのが印象的だった

小さな会社に入った

運送業者の事務だ

皮肉なことに父親と同じ業界

入って3か月目の上司の評価

「使えない」

みんなの前でこき下ろされた

でも、しょうがないと思ってる

俺は本当に使えない奴だから

仕事は忙しかった

40度近い熱でも

休まなかった

休めなかった……

それでもある意味

幸せだった

忙しさに、すべてを

奪われていたから

すべてを忘れることが

できたから

会社に入ってから3年

未だに使えない奴扱いの俺に

唯一笑顔を見せてくれる

娘がいた

その年に入ってきた

新人の女の子だ

「おはようございます」

の一言と、その笑顔が

俺を癒してくれた

『変われるかもしれない』

すでに人を好きになることを

諦めていた俺がそう思った

数ヵ月後

未だに笑顔を見せてくれる

彼女を夕飯に誘った

誘えた自分が誇らしく思えた

別の人間かと思った

彼女の答えは

「もちろん、行きます

どこに連れていって

くれるんですか?」

生まれて初めて

生まれて良かったと思えた

そして告白した

いろいろ考えて考えて……

何度も練習して……

それなのに

言えたのはたった一言

「す……好きなんです

付き合って……下さい」

自分でも情けなくなるくらい

しどろもどろだった

「ごめんなさい

今は付き合うとか

考えられないんです

いろいろやりたいことが

あるんです……」

彼女はそう言った

悲しかったけど

妙に納得してしまった

ある意味で

嬉しかったのかもしれない

彼女の断り方が

━━━……

数ヵ月後

彼女は寿退社をした

相手とは3年

付き合っていたらしい

結婚式には呼ばれなかった

傷心……

そんな気持ちを

抱くこともなかった

「そんなもんさ

いつものことだろ」

いつの間にか

口癖になっていた

仕事に命をかけよう

父親のように

今はそれしかない

仕事だけは俺を

必要としてくれている

やることはたくさんある

「お前、この仕事

向いてないよな?

自分でも分かるよな?

辛いだけだぞ?

まだ若いんだから……

転職でもしてみたら

どうだ?」

ある時、上司から

告げられた

俺は馬鹿だけど

上司が何を

言いたいのかは分かった

次の日、辞表を出した俺に

上司は嬉しそうに

「お疲れさん!」

同僚たちはいつものように

仕事をしていた

いつも以上に忙しそうに

その日夜遅くまで

公園で時間を潰した

家に帰った俺に

母親がいつもの笑顔で

「お疲れ様」と言った

「会社、辞めてきたよ」

と言った俺に、一言

「お疲れ様」

同じ笑顔だった

数ヵ月前

職を探していた俺が

いつものように

家に帰ると母親がいなかった

夜遅くに電話が鳴った

病院からだった

母親の声だった

いつもの優しい声で

具合が悪くなったので

医者に行ったら

入院するように言われたこと

今日はもう面会できないから

明日必要なものを持って

病院に来てほしいことなどを

告げられた

次の日、保険証やら

着替えやらを持って

病院に行った

癌だと医者から告げられた

末期の胃癌だったそうだ

もう、助からないらしい

いつものように優しい母親

目を見ることができなかった

一人で家に帰って

父親に告げた

父親の前で泣くのは

これが2回目だった

一ヶ月ほど経った日

母親がかすれた

それでも優しい声で言った

「もう助からないんでしょ?

分かってるのよ」

俺は黙ってしまった

母親はいつものように

優しい声で

「どう?仕事は

見つかりそう?」

話題を変えた

俺は我慢しきれずに

泣いてしまった

母親はずっと

俺の手をさすっていた

━━━……

数少ない親戚が

久しぶりに集まった

「あの人は本当にいい人で…」

「惜しい人を……」

どこかで聞いた台詞で

溢れていた

俺は淡々と喪主を勤めた

ここ数ヵ月、ずっと独りで

とても広く感じていた家

骨壺は思っていたよりも

軽かった……

家に帰った俺は

机の上に置いてあった

ノートを手に取った

母親の病室の机の下から

出てきたノートだ

日記だった

入院してから

1か月くらいから

死ぬ2.3週間前までの

その日記は父親との

会話で綴られていた

2.3日分の日記を読んで

泣いてしまった

書かれているのは

全部、俺のことだった

最後のページから

数日前の日記

その日記だけ、俺宛だった

〇〇、あなたにずっと謝りたいことがあったの。〇〇がいじめられていたこと、ずっと知ってたの。

でも、私は弱い人間だから、ただ優しくすることしかできなかった。学校に行こうかとも思ったけど、行けなかった。

いつも〇〇が優しい顔で「今日も楽しかった」って行ってたから。誰にも言わずに頑張っている〇〇を裏切れなかったの。

覚えてる?高校2年の頃。私は酔って、あなたに言ってしまったね。「産んでごめん」って。

本当にごめんなさい。あのときは本当に思ったの。あなたが、こんなに辛い思いをしているのは、私が産んだせいだって。

(中略)

私はあなたを産んで本当に良かった。幸せだった。

だから、あなたも幸せになってほしい。あなたなら幸せになれる。お願いだから、なって。

俺は驚いた

まさか、あそこまで

潰れていた母親が

そんな事を覚えてるとは

思ってもいなかったから

ずっとそのことで

悔やんでいたんだと思った

優しくとも少し

陰のある笑顔は多分

その後悔からきてたんだろう

号泣した

どこからこんなに

涙が溢れてくるんだろう?

死ぬことを

考えていた俺は思った

幸せになろうと……

『それでも生きて行こう』

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