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2019/12/11 (Wed)
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泣ける話

2011/06/15 (Wed)
長い文で文章が成り立っていないかと思いますが、見て下さい。

私の家は農家で、祖父母と両親と私と弟の6人家族。

私が3歳くらいの時に我が家に新しい愛犬がやって来た。

前の犬は私が2歳の時死んでしまったので、家族が新しい番犬をとペットショップからもらってきたらしいです。
ほんの少しだけ前の犬の事を覚えています。

名前はコロ。

私が生まれてからほんの2年しか一緒に居れませんでしたが、今でも思い出すと悲しくなった。

それでも新しく我が家の愛犬になる子犬が楽しみだった。今思えばコロに対して不謹慎だったと思う。でもまだ小さかった私は、新しい愛犬が出来ると無邪気に笑っていた。

新しく我が家の愛犬になった子犬。名前は親がつけた。

チャコ。

一匹だけ売れ残った小さくて可愛らしい子犬だった。
当時3歳の私はほとんどいつもチャコと一緒だった。私のズボンに噛みついて遊んだ。

らしい。

ほとんど覚えていない。後に親から聞いた。でも言われてみれば、ほんの少しだけ覚えている。前の愛犬同様不謹慎で最低な私だった。

保育園・幼稚園と成長してもチャコと一緒だった。一番私になついていた。

しかし、小学校に入って少しだけ一緒に遊ぶ時間が減った。ゲームを知り合い(ほとんど男)と遊ぶようになったから。

でも一緒に遊び、一緒散歩した。姉妹のように。

なぜならいじめを受け、ひとり泣いている時死んで一緒にいて慰めてくれたから。私が辛い時いつもそばにいて話を聞いてくれた。

ただの錯覚かもしれないけれど、私の目を見て、じっと受け止めてくれた。

ある日私はチャコに言った。死ぬ時はふたり一緒だよ。軽率で身勝手で根拠のない約束だった。


当時奇行が多かった私は、中学校に入ってもいじめを受け続けた。でも馬鹿な私はいじめだと気付くまで時間がかかった。気付いた時には友達も知り合いもいなくなった。作ろうともしなかった。ついには自傷行為もした。

最低な私はひとり泣いてチャコに話を聞いてもらい、慰めてもらった。それでも聞いてくれたし、慰めてくれた、私の目を見ながら。責められてもいじめられても当たり前なのに。

でも、部活に入って自動的に仲間が出来た。自然と友達になった。生まれて初めて人間の、それも女子の友達が出来た。嬉しくてたくさん遊んだ。

チャコと遊ぶ時間はもっと減っていった。いつしか散歩と餌やりしかしなくなった。最悪な事にそれすらめんどくさくなった。何よりも最悪なのは、めんどくさくなった時はひとりにし、慰めて欲しい時は慰めてもらった最低な私。何もしないくせに何かしてもらう最低な私。



高校に入ってからは一番最悪だった。
ほとんどチャコの面倒をみなくなった。家を出る時とか帰ってきた時とか、ごくたまに散歩に出掛けるくらいになった。あろう事か、チャコが死んでくれたら新しい子犬が来るんだろうなと、考え始めていた。
そんな最低で最悪な事を考え始めた私にチャコは撫でられていた。

それでもチャコは幸せそうだった。たまにしか遊んでくれない最低で最悪な私が遊んでくれたからのかもしれない。

幸せそうだった。本当に嬉しそうだった。いつも通り私の目を見ながら。



最低な私が望んでいた最悪な考えが実現してしまったのは、最低な私が高校生になり初めての冬を迎える少し前。

10月30日くらいの時。

いつも通り学校を終え、部活を終え、家に帰った。その日印象に残った事は、男子が葬式ネタでみんなを笑わせていた事。思い出しては帰りにひとり笑っていた。

これがまさかまるでこれから起こる事の予兆だとは知らずに。

家に帰ると家族がチャコの家の前で集まっていた。どうしたの?と私が聞くとお母さんが何かを答えようとした。でもそれより先に私の目はとらえてしまった。

そこにはタオルの上に苦しそうに横たわるチャコだった。

…え?なんで?自転車を置いて、チャコのもとに走った。
お母さんの話によると、私が帰ってくる4時間くらい前に倒れていたらしい。

息絶え絶えでお尻から血を流して、苦しそうに泣いているチャコ。あんなに元気だったのにって思った。お父さんいわく目ももう見えないらしい。医者に診せようにも、病院が遠く、もう手遅れだった。

相談や悩みがあるときいつも私の目を見ながら聞いてくれたチャコの目は。

白く、濁っていた。悲しげに虚空を見つめていた。

嫌だよ、死なないでと泣き叫んだ。けれど、無駄だった。泣きながら私はいった。一緒に死ねないじゃん、私が死ぬまで生きてよ、ひとりにしないでっ、と。軽率で身勝手で根拠のない約束なのに、私はすがった。

今日はもう遅いからと親は私を家にいれようとした。すでに12時をまわろうとしていた。

明日までもたないだろうチャコの傍らにいたかったが、わずかな希望にすがった私は、

またあしたね

と、チャコにいつも通りのあいさつを言った。

するとチャコはそれに返事するように弱々しくもはっきりとないた。めは白く濁っていても私を見ていた

それが最期のチャコの鳴き声だった。

寝る前に私は神様にチャコを死なせないで、とお願いした。あの願いは嘘なんです、と。

私の願いは届かなかった。

翌朝、朝早く起きた私達家族はチャコのもとへ行った。

苦しんだような最期だった。家から半分落ちるようなかたちでチャコは死んでいた。目を開き、舌を出したまま。

無残な最期だった。私は後悔した。あんな考えもたなければ、チャコともっとあそべば良かった、最期を看取ってやれなかった。後悔しても無駄だった。

チャコは近くのうちの畑に埋めてあげる事になった。ダンボール箱にチャコを入れた。私は開いていた目を閉じさせ、出ていた舌をしまい、花を入れた。
泣くのをこらえた。

私は埋葬に立ち会えなかった。悲しいけれど泣くのをこらえたかったから。そして見せたくなかった。



あれからもう2年くらいたち、我が家には、新しい子犬がきた。しかし、私は今でも後悔し続けている。なぜあんな事を望んだのかと。なぜもっとしっかり世話をしなかったのかと。新しい子犬をみるたびに思う。

チャコ。私がしっかり世話をしなかったから苦しくて寂しくて辛い人生をおくらせてしまった。憎むだろうね。許してとは言わない。むしろ憎んでいて。許される事ではないけれど、謝らせて下さい。そしてありがとうと言わせて欲しい。罪深い最低な私がいうのは愚かしいだろうけれど言わせて欲しい。

15年間私を支え、慰めてくれてありがとう。私の愛犬になってくれてありがとう。…とても言葉ではおさまりきらない気持ちと思い出がある。

そしてごめんなさい。最期まで私の目を見ててくれたのに看取ってあげれなくて。しっかり世話をしなかったことを。何もしてやれなかった事を。許してくれとは言わない。許して欲しいとも思わない。胸が裂けんばかりの後悔と謝罪がある。

でも別れの言葉を言わない。
なぜなら。

チャコ。もし叶うなら、もし生まれ変われるのなら。こんな罪深い最低で最悪な私が、飼い主の風上にも置けない私が願ってもいいなら。

その時はまた家族として生まれたい。

ありがとう、ごめんなさい、また逢える日まで。

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