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泣ける話

2010/06/04 (Fri)

君が死んで、もう一年が経つ

僕は大人になり、君は

子どものまま土に還った

ニ十年に満たない人生に

君は何を見出したのだろう

僕はキキョウの花束を

君の下へ置くと

惜しむように、ゆっくりと

その場を後にした

最期の最期に

僕は彼女を抱いた

嫌がる彼女に僕は

「君が好きだから」という

世界で一番汚くて

もっとも卑怯な言葉を囁いた

その時二人は幼馴染みという

関係から抜け出し、男と女

愛し合う恋人へと変わった

ほんの一瞬だけ……

そして僕に抱かれたまま

彼女は息を引き取り

もう彼女の笑顔を

見ることは出来なくなった

死に顔はまるで

寝ているようだった

けれど、じっと彼女を

抱いていた僕も

失われていく体温に

死を実感した

母さんが死んだ時

僕はまだ小さかったから

よく分からなかったけど

今は、ああ……

こういう事なんだって分かる

それは、言いようもない

喪失なんだ

埋めようのない空虚なんだ

僕の心はもう、涙を流せない

彼女の両親に

彼女の死を告げた時

彼らは彼女が長くないことを

知っていた風だった

彼女の葬儀の日

ならば何故と噛みつく僕に

お義父さんは

「あの子が望んだことだから」

と優しく抱きしめてくれた

僕よりも辛かったはずなのに

僕よりも泣きたかった

はずなのに……

僕はお義父さんと

お義母さんの前で

涙が枯れ、声が尽きるまで

泣いた

しばらくして

彼女の両親から

一通の手紙が僕に手渡された

それは僕宛の遺書だった

便せんニ十枚に渡って

彼女が自分の死について

思うことを切々と

書いてあった

彼女はずっと前から

書いていたらしい

最初の紙は日焼けして

色が変わっていた

どうして病院に

行かなかったのか

どうして僕を遠ざけたのか

彼女の言葉が

彼女の文章として

目に飛び込んでくる

涙は流れなかった

全てを受け止める義務が

僕にはあったから

君を抱いて一年

君が死んで一年

僕は家に帰り

二人分の紅茶を淹れた

両手で持ったティーカップの

中に映る自分の姿を見た

痩けた頬の、疲れきった

顔をした男が睨み返してくる

「馬鹿だなぁ、僕も」

ぼやきに応え

笑ってくれる君はいない

ただ静かな家の中に

僕の声だけが響く

一人がここまで孤独だと

君が居なくなって

初めて知ったよ

「本当に幸せだったのかな」

不意に、君の遺した

手紙を思い出す

最後の一枚に、一言だけ

書かれていたあれは

君の本心だったのだろうか

今となっては

確かめる術もないが

僕はそうであったと

信じたい

信じる事で、君が

報われるというのならば

信じることで、これから先

僕の無意味な人生が

救われるというのならば

『私は、君に会えて

幸せでした━━…』

君の微笑みに

僕は情けない笑いで応える

僕は、ずっと一緒に

いたかった

僕らの朝は、もう来ない

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