ふと思い出したけど
俺、死んでしまった子から絵葉書もらったことがある。
中学のときの隣のクラスの女の子で、
病気でほとんど学校にこないまま死んでしまった。
うちの学校は生徒数が少なかったので体育のときや課外授業のバードウォッチングとか
2クラス合同でやる科目がいくつかあってまだ学校に来ることができた頃に
何度か一緒になるくらいだった。
一度だけ喋ったことがある。
寝坊して完全に遅刻だと思って、いつものバス停に歩いて行ったらその子が停留所のベンチに座ってた。
田舎だから時間ずれるとバスが全然こなくってしばらく黙ってたけど暇だしなんとなく話しかけたんだ。
『お前も寝坊したの?』
『……病院寄ってきたから』
俺はその時になってなんだか知らないけど病弱でほとんど学校にきてない子がいるって話を思い出し、
それがこの子だと気付いた その子はそれから1年くらいで死んでしまったので今思えば本当に無神経なんだけど…。
『へえ、どっか悪いの?』
と聞いてしまった。
彼女は少し笑って
『うん、ちょっとね』
って言ってたけど…
彼女は俺が中学にあがるまで、新聞配達をしていたのを知ってて(彼女の家にも配達してたらしい)
『前から思ってたけどほんと偉いよね』
ってやけに褒めてくれたもんだった。
実はゲームソフト欲しさだったことは言わなかった。
バスがきて学校に着くまでたわいもない話をした。
天気いいのにかったるいよなーとか。
彼女と話したのはそれが最初で最後だった。
中学卒業したある日絵葉書が届いた。
夕焼け空の綺麗な写真のハガキだった。
最初は誰かわからなかったけどしばらく考えて思い出した。
そのちょっと前に葬式があったと聞いていた子だった。
【朝焼けの写真だったらよかったのに…
でも夕焼けも綺麗でしょ?】
と書いてあった。
その下にスペースが余っていたからもしかしたら他にも書こうとして止めてしまったのかもしれない。
書きかけのまま大切そうにしまっておいた絵葉書を家族の人が見つけて出してくれたんだそうだ。
新聞配達なんて眠いし重いし手が真っ黒になるけど…
朝焼けが気持ちいいとカッコつけて
その子に話したのを思い出した。
親友からの電話。
『足が痛いから入院するよたいしたことはないから一週間くらいだって』
笑いながらの連絡だった。
『そっか、がんばれよ』
まあ日常的な会話。
その時たいして気には止めなかった。
一週間後。
まだ入院してるとのこと。
エロ本を土産に病院を訪ねた。
病室に入るとそこには右足のない親友がいた。
いっきに視野が狭まり親友が見えなくなった。
その日の夜久しぶりに自転車で一緒に通った高校まで走ってみた。
16年前と景色はさほど変わりない田んぼ道…。
涙が溢れて止まらなかった。
今はもうその親友はいない。
癌だった。
足を切断しても全身への転移は止められなかったらしい。
でも親友は死ぬ直前まで生きることを諦めてはいなかった。
死ぬ前の日
『足が痛いんだ…
退院した後困るからさすってよ。
今まで親に迷惑かけたからさ
退院したら家業を継ごうと思うんだ。
帳簿だけでもつけれるようになりたいから簿記教えてくれよ』
がんばってた。
すごくがんばってた…。
その日から自分自身
【がんばる】って言葉を
使わなくなった。
というか使えなくなった。
親友に失礼で…。
何十年後かに親友に会うことがあるだろう。
『いい人生送れたか?』
と聞かれたら
『うん、がんばったよ』
と言えるようなそんな人生を送りたい。