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涙を流す事はストレスを発散させます。
みなさん良い涙を沢山流して下さい。
泣ける話を集めてみました。
さぁ、どうぞ。

2012/07/31 (Tue)
お母さん、とうとう悲しい便りをださねばならないときがきました。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、
お母さんのことを思うと泣けて来ます。
母チャン、母チャンが 私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、
何も喜ばせることが出来ずに、安心させることもできずに
死んでゆくのがつらいです。
母チャンが私にこうせよと言われたことに反対して、
とうとうここまで来てしまいました。
私として希望通りで嬉しいと思いたいのですが、
母チャンのいわれるようにした方がよかったかなあと思います。
でも私は技倆抜群として選ばれたのですから喜んでください。
私ぐらいの飛行時間で第一線に出るなんてほんとうは出来ないのです。
ともすれば、母チャンの傍にかえりたいという考えにさそわれるのですけれ
ど、これはいけない事なのです。
洗礼を受けた時、アメリカの弾にあたって死ぬより前に
汝を救うものの御手によりて殺すのだと言われましたが、
これを私は思い出しております。
すべてが神様の御手にあるのです。
神様の下にある私たちにはこの世の生死は問題になりませんね。
私はこの頃毎日聖書をよんでいます
お母さんの近くにいる気持ちがするからです。
私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます
お母さんに祈ってつっこみます。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、
お母さんのことを思うと泣けて来ます。
母チャン、母チャンが 私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、
何も喜ばせることが出来ずに、安心させることもできずに
死んでゆくのがつらいです。
母チャンが私にこうせよと言われたことに反対して、
とうとうここまで来てしまいました。
私として希望通りで嬉しいと思いたいのですが、
母チャンのいわれるようにした方がよかったかなあと思います。
でも私は技倆抜群として選ばれたのですから喜んでください。
私ぐらいの飛行時間で第一線に出るなんてほんとうは出来ないのです。
ともすれば、母チャンの傍にかえりたいという考えにさそわれるのですけれ
ど、これはいけない事なのです。
洗礼を受けた時、アメリカの弾にあたって死ぬより前に
汝を救うものの御手によりて殺すのだと言われましたが、
これを私は思い出しております。
すべてが神様の御手にあるのです。
神様の下にある私たちにはこの世の生死は問題になりませんね。
私はこの頃毎日聖書をよんでいます
お母さんの近くにいる気持ちがするからです。
私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます
お母さんに祈ってつっこみます。
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泣ける話
2012/07/24 (Tue)
※今日はあるニュースからの引用
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【ロンドン小林慎】昨年のサッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」が、ロンドン五輪日本選手団の先陣を切って、25日午後5時(日本時間26日午前1時)キックオフのカナダ戦に臨む。FW高瀬愛実(めぐみ)選手(21)は家族への思いも胸にピッチに向かう。サッカーの楽しさを教えてくれた兄は、16年前に事故で脳に障害を負い、以後一度も意識が戻ったことはない。兄のため、支えてくれた家族のため--。日本女子サッカー界初の五輪メダルを目指す戦いが始まる。
高瀬選手は男2人、女3人の5人きょうだいの末っ子として、北海道北見市で育った。長男の学書(まなふみ)さん(26)は地域のチームのエースストライカー。「うちの子はサッカーというより、お兄ちゃんにあこがれてサッカーを始めた」と父健二さん(56)。高瀬選手も学書さんの背中を追ってボールを追い掛け始めた。
悲劇が起きたのは、96年5月。小5の学書さんは校庭の遊具のロープに首を引っ掛け、心肺停止に。一命は取り留めたが低酸素脳症に陥った。1年間、母美年(みとし)さん(58)は入院先の病院でつきっきりに。健二さんが深夜まで仕事と家事をこなした。
そんな両親を見て育った高瀬選手。北海道文教大明清高校(札幌市)時代には心肺機能の強化のため、30度を超える真夏日でもマスクを二重、三重にしてグラウンドを走った。「練習は手抜きをせず、試合では泥臭いプレーで点を取った」と監督の高崎裕治さん(61)は振り返る。
学書さんについて、「サッカーをしていたらきょうだいで一番うまかったはず」と話す高瀬選手。試合や練習の前、必ず行う儀式がある。目を閉じて直立不動で精神統一を図る。思うのは恩師、両親、そして兄のこと--。
「メグはサッカーをやれることに感謝している」と美年さんは言う。高瀬選手が学書さんの枕元でこう報告する。「メダル取れたよ」。その光景を家族は思い描いている。
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【ロンドン小林慎】昨年のサッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」が、ロンドン五輪日本選手団の先陣を切って、25日午後5時(日本時間26日午前1時)キックオフのカナダ戦に臨む。FW高瀬愛実(めぐみ)選手(21)は家族への思いも胸にピッチに向かう。サッカーの楽しさを教えてくれた兄は、16年前に事故で脳に障害を負い、以後一度も意識が戻ったことはない。兄のため、支えてくれた家族のため--。日本女子サッカー界初の五輪メダルを目指す戦いが始まる。
高瀬選手は男2人、女3人の5人きょうだいの末っ子として、北海道北見市で育った。長男の学書(まなふみ)さん(26)は地域のチームのエースストライカー。「うちの子はサッカーというより、お兄ちゃんにあこがれてサッカーを始めた」と父健二さん(56)。高瀬選手も学書さんの背中を追ってボールを追い掛け始めた。
悲劇が起きたのは、96年5月。小5の学書さんは校庭の遊具のロープに首を引っ掛け、心肺停止に。一命は取り留めたが低酸素脳症に陥った。1年間、母美年(みとし)さん(58)は入院先の病院でつきっきりに。健二さんが深夜まで仕事と家事をこなした。
そんな両親を見て育った高瀬選手。北海道文教大明清高校(札幌市)時代には心肺機能の強化のため、30度を超える真夏日でもマスクを二重、三重にしてグラウンドを走った。「練習は手抜きをせず、試合では泥臭いプレーで点を取った」と監督の高崎裕治さん(61)は振り返る。
学書さんについて、「サッカーをしていたらきょうだいで一番うまかったはず」と話す高瀬選手。試合や練習の前、必ず行う儀式がある。目を閉じて直立不動で精神統一を図る。思うのは恩師、両親、そして兄のこと--。
「メグはサッカーをやれることに感謝している」と美年さんは言う。高瀬選手が学書さんの枕元でこう報告する。「メダル取れたよ」。その光景を家族は思い描いている。
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