『〇〇おにいさん、こんにちは。
僕のお母さんが、今度〇〇おにいさんのお父さんと結婚するので、僕とおにいさんは兄弟になることになりました。
僕はお父さんができることと同じくらい、自分におにいさんができるのが、とてもうれしいです。』
俺のおふくろは、俺が18の時に親父が迎えた後妻だが、メス犬だった前のおふくろではなく、本当のおふくろだと思ってる。
結婚が決まってから、初めて俺はおふくろと新しい弟にあった。
半ズボンにブレザー、緊張した9歳の坊主から俺はこの手紙をもらった。
俺も一人っ子で、本当は嬉しかったのに照れくさかったから、かなり無愛想にその手紙を受け取った。
だけど新しい弟に会ったのは、それが最初で最後になった。
弟はそれからすぐ、事故で死んだ。
俺は何でもしてやるつもりだった。
中学に入って生意気になってきたらエロ本をくれてやるつもりだった。
学校でいじめられたら、仲間連れてお礼参りしてやるつもりだった。
タバコを覚えて始めたらぶん殴って兄貴風吹かして叱り付けるつもりだった。
単車だって、俺のお古をくれてやって兄弟で走りに行くつもりだった。
「おにいちゃん」から「兄貴」に変わる年頃になったら、そして彼女ができたら、からかってやるつもりだった。
弟の部屋にのこのこ現れて、バカやって二人の邪魔をする。
「ふざけんなよ兄貴ぃ!」なんて言われたら、取っ組み合いの喧嘩をして、おふくろが止めに入って、二人してどやされる……。
そんな光景を夢に見てた。
葬式では、おふくろよりも俺の方が激しく泣いた。
友達が心配するくらいに狼狽して、一人で立っていられないくらいに。
タイムマシンがあったら、ほんの一週間前の自分にあって、胸ぐら掴んでやりたいくらいに後悔した。
もっと優しくしてやればよかった。どんな想いで手紙を書いて、どんなに緊張して俺に手紙を渡したんだろうか。
俺は弟の代わりにおふくろを大事にしている。
この人こそが俺のおふくろだと思ってる。
「俺のおふくろを粗末にすんじゃねぇぞ兄貴!」
「わかってら!うるせぇよヴォケ!!」
弟とのそんなやりとりを、今でも空想しながらおふくろに接してる。
生きていたら、俺の弟は今年の春、大学に入学していたはずだ。
たった一回しか会わなかったが、俺には弟がいた。
━━━……
娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中、意識を失った。
直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので、病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。
別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、もはや俺には、その無神経さに腹を立てる気力もなく、機械的に葬式をすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観に行き、娘が見たがっていた、ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聞いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって滑舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて……
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。
ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。
女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし、成人式にはちゃんと着物を着せてやるつもりだった。
女房と離婚してから俺は100%子どものために生きることにして、必死でやってきたのに……。
この世に神様なんて絶対いないんだと、この時知った。
俺の母親は、俺が
2歳の時に癌で死んだそうだ
まだ物心つく前のことだから
当時はあまり
寂しいなんていう感情も
あまりわかなかった
この手の話でよくあるような
『母親がいない事を理由に
いじめられる』
なんて事も全然なくて
良い友達に恵まれて
それなりに充実した
少年時代だったと思う
こんな風に片親なのに
人並み以上に楽しく
毎日を送れていたのは
やはり他ならぬ父の
頑張りがあったからだ
と今も思う
あれは俺が小学校に入学して
すぐにあった父母同伴の
遠足から帰ってきた時の事
父は仕事で忙しいことが
わかっていたので
一緒に来られないことを
憎んだりはしなかった
一人お弁当を食べる俺を
友達のY君とそのお母さんが
一緒に食べようって
誘ってくれて寂しくもなかった
でもなんとなく、Y君の
お弁当に入っていた星形の
にんじんが何故だか
とっても羨ましくなって
その日仕事から
帰ったばかりの父に
「僕のお弁当のにんじんも
星の形がいい」
ってお願いしたんだ
当時の俺はガキなりにも
母親がいないという家庭環境に
気を使ったりしてて
「何でうちには
お母さんがいないの」
なんてことは父には
一度だって
聞いたことがなかった
星の形のにんじんだって
ただ単純にかっこいいからって
羨ましかっただけだったんだ
でも父にはそれが
母親がいない俺が
一生懸命文句を言って
いるみたいに見えて
とても悲しかったらしい
突然俺をかき抱いて
「ごめんな、ごめんな」
って言ってワンワン泣いたんだ
いつも厳しくって
何かいたずらをしようものなら
遠慮なくゲンコツを
落としてきた父の泣き顔を
見たのはそれがはじめて
同時に何で親父が
泣いてるかわかっちゃって
俺も悲しくなって台所で
男二人抱き合って
ワンワン泣いたっけ
それからというもの
俺の弁当に入ってるにんじんは
ずっと星の形をしてた
高校になってもそれは続いて
いい加減恥ずかしくなってきて
「もういいよ」なんて
俺が言っても
「お前だってそれを見る度
恥ずかしい過去を
思い出せるだろ」
って冗談めかして笑ったっけ
そんな父も、今年結婚した
相手は俺が羨ましくなるくらい
気立てのいい女性だ
結婚式のスピーチの時
俺が『星の形のにんじん』
の話をしたとき
親父は人前だってのに
またワンワン泣いた
でもそんな親父よりも
再婚相手の女の人の方が
もらい泣きしてもっと
ワンワン泣いてっけ……
良い相手を見つけられて
ほんとうに良かったね
心からおめでとう
そしてありがとう、お父さん。