賞金の小切手を受け取って帰る準備をしていた。
彼が一人で駐車場に向かっていると、一人の女性が彼に話しかけてきた。
彼女は彼の勝利をたたえた後、
自分の子供は重い病気にかかって死に掛けているが
お金がないために、医者に見せることもできないのだ
と彼に伝えた。
それを聞いて哀れに思ったビンセンツォは
「これが子供のために役立てば良いのだけど」といって、
獲得したばかりの賞金の小切手を彼女に握らせた。
翌週、彼がカントリークラブで食事をしていると
テーブルにゴルフ協会の職員がやって来た。
「先週、駐車場にいたやつらが、君がトーナメントで勝った後、
そこで若い女性に会っていたといっていたが・・・」
ビンセンツォはうなずいた。
「実は」と職員は続けた。
「彼女は詐欺師なんだ。病気の赤ん坊なんていないんだ。
結婚すらしていないんだよ。君はだまされたんだ」
「すると、死に掛けている赤ん坊なんていないのか?」
「そのとおりだ」
すると、ビンセンツォは笑いながらこう言った。
「そうか。そいつは今週で一番の良い知らせだ」と。
ニューヨークの郊外にその喫茶店はあった。
店の名前と【水曜定休日】とだけ書かれたぶっきらぼうな看板の奥にひっそりと佇む。
店のマスターは無口で頑固。
その店のジュークボックスにはマスターが大好きなイギリス出身で世界的に大ブレークした。
今はもう解散してしまったグループの曲しかない。
ある年のちょうど今くらいの季節。
その日は昼下がりに突然大雨が降りだした。
通りには濡れながら急ぎ足で行き交う人々その中の1人が店に入ってきた。
全身が濡れそぼり寒さでガタガタ震える。
その男はマスターが好きなバンドメンバーの1人だった。
おそらくその事に気付いたマスターは一瞬目を見張り動きを止める。
しかしすぐに手馴れた作業に戻り注文されたコーヒーと乾いたタオルを差し出す。
身体をふき、眼鏡をふきコーヒーを飲みながら店内を見回す男。
店の隅にあるジュークボックスに目を留めている。
自分がやっていたバンドの曲しか入っていない事に気付いた男は、
照れくさそうにコインを取り出し曲を演奏させる。
流れ出した曲を聴きながら男は自分たちが走り抜けてきた
青春時代を懐かしむように目を閉じ、ゆっくりゆっくりコーヒーを飲んだ。
何曲か聴きコーヒーを飲み終えて店を出ようとする男にマスターは黙って傘を差し出した。
外はまだ雨が降り続いている。
男は受け取り礼とともに笑いながら、
『今度雨が降ったら返しにくるよ』
と言った。
しかし男が傘を返しに来ることはなかった。
それから数週間後男は自宅前で凶弾に倒れたのだ。
それから20数年が経った今でもその喫茶店は同じように看板の奥に佇んでいる。
年老いたが相変わらず無口なマスタージュークボックスも同じバンドの曲ばかり。
店の中は何一つ変わっていないが
看板に書かれてる文字はいつからか変えられていた 。
【水曜定休日ただし、雨の日は営業いたします】