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涙を流す事はストレスを発散させます。
みなさん良い涙を沢山流して下さい。
泣ける話を集めてみました。
さぁ、どうぞ。

2013/12/18 (Wed)
俺の親父は公務員で真面目。歳を取ってからの子供なので、周囲 からは甘やかされてると思われていたが、非常に厳しい親父だっ た。
そして変質的とも思えるほどにゲームを嫌っていて、幼い頃 からゲームは一切触らせて貰えなかった。
お年玉や小遣いを貯めても、ゲームだけは絶対に買わせてくれなかった。
昔友達にGBを借りて、こっそり遊んでいたのがバレた時 には夜遅いというのに、無理やりに友人宅まで返しに行かされたこともあった。
高校の頃、自分でバイトをしてゲームを買おうとしたこともある
けれど、魂胆を見透かされてバイト自体禁止された。俺はそんな 父親が大嫌いで、ほとんど言葉も交わさなくなっていた。
親父は俺の出産時に死んでしまった母親のことで、きっと俺を恨んでい るに違いないと思っていた。
高校を中退してまでも家から出たいと思っていたけれど、俺の唯一の理解者である姉を裏切るような気がしたのと、自分の根性が 足りないせいもあってそれもできないでいた。
そして、わざと遠くの大学を受験し親父から離れることにした。
なんとか大学受験を成功し新生活に思いを馳せていたある日、警察から自宅に電話がかかってきた。それは親父が引き逃げにあっ たことを告げるものだった。
すぐに病院に駆けつけたけど、もう親父には息はなかった。
泣き崩れる姉を気遣いながらも、愛情を感じたことのない親父の死を俺自身はどこか淡々と受け止めていた。
葬儀が終わった日の夜、姉から大きな紙袋を渡された。
親父から俺への合格祝いで、直接俺に渡すのは照れ臭いので頼ま れていたものだったらしい。
中には「よく頑張ったな」という激励の内容の手紙とPS2が入っ ていた。
それを読んだら涙が溢れてきた。声を出して泣き崩れてしまった。親父の死後初めて・・・。
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泣ける話
2013/10/26 (Sat)
俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。
見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて、「それほど持たないだろう」と言われ、入院前に「今生最後の写真はせめて家族と・・・」と撮った写真らしかった。
俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているんだが、母と祖父、祖母は心なしか固いというか思い詰めた表情で写っている。
当の父はというと、どっしりと腹をくくったと言う感じで、とても穏やかな表情だった。
母がその写真を病床の父に持って行ったんだが、その写真を見せられた父は特に興味も示さない様子で「その辺に置いといてくれ、気が向いたら見るから」とぶっきらぼうだったらしい。
母も、それが父にとって最後の写真と言う事で、見たがらないものをあまり無理強いするのもよくないと思って、そのままベッドのそばに適当にしまっておいた。
しばらくして父が逝き、病院から荷物を引き揚げる時に改めて見つけたその写真は、まるで大昔からあったようなボロボロさで、家族が写っている部分には父の指紋がびっしり付いていた。
普段もとても物静かで、宣告された時も見た目普段と変わらずに平常だった父だが、人目のない時、病床でこの写真をどういう気持ちで見ていたんだろうか。
お盆になると、その写真を見ながら父の思い出話に華が咲く。
祖父、祖母、母、妹、俺・・・。
その写真の裏側には、もう文字もあまり書けない状態で一生懸命書いたのだろう。崩れた文字ながら、「本当にありがとう」とサインペンで書いてあった。
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